
20世紀から現代にいたるまで、数多くの写真集が発表されてきました。その歴史をたどると、写真史に残るエポックメイキングとなったものがあることがわかります。
そこで今回は、写真集の歴史を振り返りながら、読むべき5冊をご紹介!著名な写真家が発表した名作は、今なお色褪せません。ぜひ、その世界観に触れてみませんか。
ウォーカー・エヴァンス「American Photographs」
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最初にご紹介するのは、ウォーカー・エヴァンスの「American Photographs」です。
1938年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で初めて写真の個展を開催したウォーカー・エヴァンス。その展覧会「アメリカン・フォトグラフス展」の内容をまとめた1冊になります。
ウォーカー・エヴァンスは1935年、農業安定局(FSA)の写真プロジェクトに参加し、南部の農村を撮影した写真で一躍有名になりました。
このプロジェクトは1929年の世界恐慌勃発後、困窮した農村の実態を記録し、「農民を救済するために税金を投入すべき」という世論を形成するために立ち上げられたものです。エヴァンスをはじめとする写真家集団が、各地の農村に送り込まれました。
写真家たちが記録した農民たちの痛ましい姿は新聞や雑誌に取り上げられ大きな反響を呼び、プロジェクトは成功をおさめます。しかし、国家的なプロジェクトとしての枠組みを好ましく思わなかったエヴァンスは、1937年に退職。その後、それまで撮りためていた写真をまとめて開催した個展が「アメリカン・フォトグラフス展」でした。
この写真展自体が写真史に残るエポックメイキングな出来事ですが、同時に刊行された写真集はさらに重要な意味を持っています。
実は「American Photographs」は近代的な写真集の始まりとされているのです。写真を1枚ずつ見せるのではなく、ストーリー性を持たせた構成は当時としては非常に斬新なものでした。次にご紹介するロバート・フランクの「アメリカ人」も、この写真集を参考にしたと言われています。
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当時のアメリカを冷静な視点で切り取りつつも、物語性を感じられる構成。写真と写真集の力を見せつけてくれる1冊と言えるでしょう。
ロバート・フランク「The Americans」
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20世紀を代表する写真家の1人、ロバート・フランク。彼の代表作ともいえる写真集が1958年に発表された「The Americans(アメリカ人)」です。
1955年から56年、全米を車で旅して撮影されたスナップ写真83枚がおさめられています。その頃のアメリカは、戦後「豊かなアメリカ」として消費文化が花開いた繁栄の時代でした。しかしそれは白人中産階級にとってのこと。陰では人種差別がはびこり、公民権運動の兆しが見え始めた時代でもありました。
そんな中、スイス生まれであるロバート・フランクは、アメリカ人ではない異邦人の視点で、リアルなアメリカを切り取ります。そこには人種・性・年齢の多様性がそのまま映し出されていました。
例えば写真集の表紙に使われているトロリーバスの写真。前から白人男性・白人女性・子ども・黒人男性の順に並んでいます。当時撮影されたニューオリンズでは公共交通機関の隔離は撤廃されていたとはいえ、まだ現実として差別が残っていたのです。
このようにアメリカの影の部分も映しており、刊行当初は栄光の時代を否定するものとして酷評されました。後年、評価が高まり、現代にいたるまで計8回刊行されています。
当時のアメリカのリアルを伝えるだけでなく、スナップ写真の魅力も詰まった名作です。
Robert Frank: THE AMERICANS / ロバート・フランク 写真集
土門拳「筑豊のこどもたち」
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ロバート・フランク「The Americans」が発表された2年後、日本ではその切実な内容と斬新な装丁で話題になった写真集がありました。
それが、1960年発表の土門拳「筑豊のこどもたち」です。
リアリズムの写真家として有名な土門拳ですが、その実践ともいえる写真集になっています。
石炭から石油へのエネルギー転換政策のため、数多くの炭鉱が閉鎖された1950年代の終わり。土門拳は福岡県筑豊地区の閉鎖された炭鉱を舞台に、失業し貧困に苦しむ炭鉱労働者とその子どもたちの姿を追いました。
初版は新聞紙のようなザラ紙に印刷され、決して印刷のクオリティが高いとはいえませんでしたが、その写真には見る者を引き付ける強烈な引力がありました。印刷や紙にコストをかけなかった分、販売価格を100円に抑えることに成功。結果として10万部を超えるベストセラーになりました。
現在手に入る復刻版はザラ紙ではありませんが、写真の吸引力は全く色あせず。貧しさの中を懸命に生きる子どもたちのまなざしに心打たれます。
ドキュメンタリー写真の金字塔といえる1冊です。
荒木経惟「センチメンタルな旅」
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時は流れ1971年。アラーキーこと荒木経惟の名作写真集「センチメンタルな旅」が発表されます。
1960年代は先ほどご紹介した土門拳「筑豊のこどもたち」のように、社会のありのままを記録するドキュメント写真が主流でした。
ですが、「センチメンタルな旅」は写真家自身の新婚旅行を題材にしており、極めてプライベートな内容です。このような撮影者自体の私生活をモチーフにした写真を「私写真」と呼び、この写真集がきっかけに広まったジャンルと言っても過言ではありません。
新婚旅行と聞くと幸せいっぱいの雰囲気を想像しますが、全編通して漂うのは濃密な生と死の気配。生々しい写真の数々に心を掴まれます。
ちなみに、当初は1,000部限定の私家版で販売されていたのですが、妻である陽子さんはこの写真集を上司に売ったそうで、さすがの一言。(その理由は写真集を見ればわかります)
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その後も荒木氏は陽子さんを撮影し続けました。
「センチメンタルな旅」には続編として、「続センチメンタルな旅 沖縄編」「10年目の「センチメンタルな旅」」「センチメンタルな旅・冬の旅」があります。
荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017- / 荒木経惟 アラキノブヨシ 〔本〕
ジョエル・メイエロウィッツ「Cape Light」
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これまでの4冊はすべてモノクロの写真集でしたが、最後にカラー写真がブームとなるきっかけになった1冊をご紹介します。
1979年発表、ジョエル・メイエロウィッツの「Cape Light(ケープライト)」です。
1940年代にはカラーフィルムが実用化されていましたが、報道や広告写真が主で、長らく「アート作品=モノクロ写真」の時代が続きました。カラーフィルムは保存性や表現性に劣っているとされていたのです。その後改良が進み、1970年代後半になるとカラー写真で作品を発表する写真家たちが現れました。
このときカラー写真のムーブメントを起こした写真家たちの作品を「ニューカラー」と呼びます。
ジョエル・メイエロウィッツもニューカラーを代表する写真家の1人。元々はロバート・フランクに影響されてモノクロで都市のスナップを撮影していましたが、70年代後半からアメリカ各地を巡り歩き、カラーの風景写真を撮るようになります。
「Cape Light」はアメリカ東海岸のリゾート地ケープ・コッドの景観を写したカラー写真集です。メイエロウィッツは自分で現像・引き伸ばしを行い、色の表現に大変気を配っていたそうです。その繊細な色は美しく、鑑賞者の目を奪います。
ジョエル・メイエロウィッツ氏のホームページで、一部の写真を見ることができますので、気になる方は一度チェックしてみてくださいね。
Joel Meyerowitz氏ホームページ:https://www.joelmeyerowitz.com/
Cape Light: Color Photographs by Joel Meyerowitz
まとめ
今も才能ある写真家たちから素敵な写真集がたくさん発表されていますが、現代まで人々の心をとらえ続けている名作と呼ばれる写真集は、時を経て今もなお、見る人に新たな世界観を提供してくれています。
さらに写真史を知った上で見てみると、また違った発見がありますよ。
今回紹介した5冊以外にも、まだまだ名作写真集はありますので、ぜひ自分のお気に入りの写真集を見つけてくださいね。
【参考文献】
金子隆一、アイヴァン・ヴァルタニアン著「日本写真集史 1956-1986」株式会社赤々舎 2009年
雑誌「別冊太陽 写真集を編む」2021年
伊藤俊治著「20世紀写真史」ちくま文庫 1992年