かんばらふうこ
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みなさんこんにちは、関西写真部SHARE専属ライターのかんばらふうこです。

ここ最近、読者の方に声をかけてもらうようになったりSNSやブログサイトで私について書いてくれる方が増えて、私という存在が認知されていくことにとても喜びを感じています。その一方で、私の活動について否定的な言葉や噂、色々な疑問を抱く声もありました。

もちろん人それぞれ意見や価値観があって当たり前だと思います。しかし、私自身、自分発信をしていないにも関わらず評価されたことに対して心の奥底でモヤモヤを抱えているのってどうなんだろうと思い、読者のみなさんに私かんばらふうこの‟これまで”と‟今”を発信することを決めました。

 

学歴は大切?高校中退から学んだこと

タイトルの通り高校2年生の夏に通っていた公立高校を中退しました。

高校中退前、夜な夜な「高校中退 就職」「高卒 女性 結婚」と検索していたのをハッキリと覚えています…。ですが中退した理由は覚えていないんです。悩みすぎて記憶の一部が吹っ飛んでいったみたいです。相談したほとんどの人が、「学歴は大事」か「夢中になれることがあるなら辞めてもいい」と言いましたが、私には学歴も夢中になれることもなくて、そもそも何かを選ばないといけないということが苦痛だと思っていました。

結果、公立高校を中退し17歳の秋から通信制高校に通って同級生よりも半年遅く卒業しました。客観的にこの話を聞くと良い印象は持てないかもしれませんが、同級生よりも半年長く映画を1,000円で見れたり、カラオケを学生料金で利用できるってことを楽しんだりもしていました。

こんな話をできるのも高校を中退した後にちゃんと卒業資格をとったからだと思います。通信制高校で勉強をしている期間ですら、やっぱり通信だと就職先はすごく限られるなとか、そもそも条件を提示することも欲張りだなと感じました。なにより私が通っていた通信制高校は自宅での動画講座と年に数回の通学だったので、人と関わる機会が少なく孤独でした。

高校中退でもライターという仕事につけた私を羨ましく思ってくれたり、学校を辞めたいと相談してくる子もいましたが、ハッキリとした夢や目的がない限り高校中退は何をするにも不安な要素の一つとして付きまとうことには間違いないんですよね。

私の場合、出会った人や環境がとても良かったので今こうして皆さんに発信できるようになりましたが、きっと別の誰かに出会って今とは全く違う環境にいたら学歴コンプレックスを持って毎日泣きながら働いていたかもしれません。「勉強ができなくても他のことを頑張ったらいいや」という考えでしたか、勉強ができることで選択の幅が広がることは間違いないですし、知識があることでないより救える人も多くなる可能性があります。

だからもし学校に行きたくないとか辞めたいと思っている学生がいたら、辞めることは100%悪いことじゃないけど、自分を不安にさせない選択をとってほしいな。

 

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関西写真部SHAREとの出会い

私が関西写真部SHAREに所属したきっかけと、どのような経緯でライターになったのかをお話します。

きっかけはモデル応募だった

現在は関西写真部SHAREの専属ライターとして活動している私ですが、きっかけはモデル応募でした。

公立高校在学中にモデル事務所に所属し、ファッションマガジンやカタログ、大阪のファッションショーや観光パンフレットのモデルをしていました。毎月ポージング・ウォーキングのレッスンを受けたりしていて当時はもっと活躍したいなという欲もありました。

18歳でフリーモデルになり初めに受けた審査が「関西写真部SHARE」でした。最初はどんな団体なのかも知らずに応募し、代表の小野友暉さんから撮影依頼の連絡がきて撮影することになりました。

かんばらふうこ

(小野友暉さんと初撮影で撮った写真)

友暉さんとの撮影をきっかけにポートレートの世界を知りました。写真を見る人にポーズだと思わせない演技力や表情の力を抜くことの難しさ、それと同時に写真家と被写体が頭の中で同じストーリーを描くことの楽しさがあるんだなと思いました。

その後、写真集制作を目標に継続的に作品撮りを進めていくことになりました。このときは撮影している写真がどのような形で発信されるのか、どれくらいの人に見られて、どんな評価を受けるのかは全く考えていなくて、ただただ撮られることに夢中になっていました。

 

モデルからライターへ

友暉さんとの作品制作を進めると同時に通信制高校にも通っていたので将来について考えるようになりました。

挑戦してみたいことは沢山あるけど金銭的に、環境的に、能力的に足りないものばかりで、1つ希望の仕事が見つかっても条件を見て諦めていました。

そして、どんな仕事をしたいか悩みに悩んで「ライター」になることを決めました。幼い頃から詩や小説を書くことが好きだったので、文章を書くことを仕事にできたら最高だなと思いました。ですが、正社員になるには2、3年ほどの経験と実績と呼べる仕事が必要だし、ライティングの知識がないからフリーランスで仕事もらえるわけないし…と躓きまくっていました。

「選ばなければ文章を書く仕事はいくらでもあるだろう」と探していたところ、求人募集サイトで募集内容を文章にまとめるバイトや女性向けアプリで美容に関するコラム記事を書くバイトがあり、とりあえず出来そうだと感じたバイトすべてに応募し面接まで行きましたが、面接の場で「高校生は働けません」と断られることがほとんどでした。

高校生でも可能なライターの仕事を紹介してくれるという人に会ったときは、田舎にある工場の中に勤務してひたすら機械の説明を書くという仕事でした。1日悩んで断りました...。

そんな日々を繰り返し、ライターになるって予想以上に難しいんだなと落ち込んでいたところ「クラウドソーシング」を見つけました。クラウドソーシングは、WEBサイトに登録するだけで誰でも企業が募集している案件に応募して仕事をし収入を得られるサービスです。報酬単価は低いので副業でしている人が多いサービスです。私は学生で実家暮らしだったこともありとりあえず自分のペースで少しずつ報酬を得ながら記事を書いていました。

クラウドソーシングでは美容・ダイエット記事やカップル向けのコラム記事を執筆しました。自分の書けそうな内容の案件がない時には、1回答10~100円のアンケートに応募してたりもしました。

 

という話を友暉さんにしたところ、「SHAREで記事書いてみる?読者ファンもいるしPV数も多いから色々なメディアで記事を書くより実績になるし、ライターで就職したいなら知識もないといけないから僕が教えるよ。」と言ってくれました。

この言葉をきっかけに私はクラウドソーシングを辞め関西写真部SHAREのライターになりました。

 

SHARE代表が与えてくれた選択肢

関西写真部SHAREのライターになってから、友暉さんから読まれる記事の書き方・SEO知識・アイデアの出し方について学びました。

与えられたテーマに対し書くだけの作業をしていたクラウドソーシングとは違い、自分でテーマや構成を考えて、記事をデザインして、読者に発信していくフローが最初は大変でしたが、クラウドソーシングでは感じられない達成感や今まで得られなかった‟反応”をもらえるようになりました。

どんな風に勉強したのか聞かれることもありますが、講座を受けたりライターの学校に通ったりはしていなくて、今持っている知識のほとんどが友暉さんから学んだことや色々なメディアサイトから学んだことです。

通信制高校に通っていた私は2018年の秋に卒業する予定で、SHAREの記事を書きながら春に就活を始めました。私が通っていた通信制高校の場合、女性の就職先はほとんど介護か事務で希望に合う会社を見つけられずにいました。

やっとWEB関係の会社を見つけたと思ったら悪徳商法だったり、そもそも提案してくれる会社の条件が私が言ったものと違うかったりと、あまりの選択肢の少なさに学歴の大切さを思い知らされました。関西写真部SHAREライターを始めた時期に不動産会社でキャッチコピーを考える仕事もしていて正社員になるか考えましたが、正社員になると文章を書く仕事はできないのでそちらも諦め途方に暮れていました。

あるとき、就職活動をしていた私に対し友暉さんが「就活を辞めて関西写真部SHAREでライターを続けたら?就職をしていたら新人研修をするくらいの時期には初任給より稼げているようにするから!」と言ってくださいました。

今まで親の期待に応えられなかった分せめて就職をして正社員になっておきたい、という思いもありましたが、就職したからといってすぐ辞めてしまっても心配をかけるだけですし、せっかく身についてきたライターのスキルも就職することで活かせなくなってしまったら意味がないし…と思い就活を辞めました。

就活を辞めたときは不安でいっぱいでした。親にも怒られました。ですが今は就活を辞めて正解だったと思います。きっと就職していたら、大切にするべき人を大切にできていなかったし、作らなければいけない時間も仕事を言い訳に作れていなかったかもしれない。

 

ライターになるための道のり

かんばらふうこ

意外と大変なんです!書くだけじゃないライターがしなければならないことについて。

書くことよりも大事なこと

正直、はじめは「ライターだから文章を書くだけでいいんでしょ?」と思っていました。

クラウドソーシングも、不動産会社に勤務しキャッチコピーを考えたりタワーマンションの説明文を書くバイトもしていましたが、あらかじめ具体的なテーマがありそれに合わせて文章を書いて提出するだけだったので書く作業しかしたことがなかったんです。

ですが、関西写真部SHAREの専属ライターになってから学んだのは‟書く前”と‟書いた後”の作業についてでした。SHAREのライターになっていなかったら書く作業からステップアップできていなかったんだろうなと思うことを沢山教えてもらいました。

ライターのスキルによって仕事の単価は1記事1000円にしかならないときもあるし、何万、何十万という報酬を得られることもできます。現在は関西写真部SHAREの専属ライター、他メディアでの取材記事などを書かせていただいていますが、きっとクラウドソーシングやバイトを続けていたらその世界から抜け出せなくなっていたと思います。

 

継続は力なり

関西写真部SHARE専属ライターになって一番苦労したことは…「継続」です!

SEO記事は検索上位に表示されるまでに結構時間がかかります。記事を公開してから3ヵ月以上かかることもありますし、1年経ってから「今キタ!?」ってなることもあります。

ということもあり、特に個人でライターをしている人はサイトを開設してすぐに思ったより効果が出なくて辞めてしまうという人も多いようです。面白記事やバズる記事を書けば一時的にPV数は上がりますがすぐに読まれなくなってしまうので記事の価値は下がっていく一方。関西写真部SHAREでもこれまでにメンバーが記事を書いたり外部ライターに記事を依頼してきましたが、カメラ・写真が好きだからといって継続できるわけじゃないんだなと思いました。

最初はライターとしての活動しかしていなかったので、関西写真部SHAREの撮影会やイベントに参加することもなくメンバーからどう思われているのか気にしていましたし怖いなという気持ちもありました。しかし、記事配信を‟継続”していたからこそ今ではメンバーの方から記事について嬉しい感想をいただけたり、イベントにも参加しやすくなったと感じます。

高校を中退したり何をしてもすぐに諦めて落ち込んでしまう性格なので、SHAREのライターも続けられるか不安を抱えながら記事を書いている時期もありました。ですが、読者の方からの反応や執筆した記事の効果が出ているのを見ると「もっと良い記事を書かなきゃ」と頑張れます。

そして何より、就職をせずにライターの道を選んだ私に対して一番心配な気持ちを持っていた家族が、今は私の書いた記事を褒めてくれたり親戚に自慢してくれるのが凄く嬉しいです!地元を盛り上げるメディアを運営している父とも一緒に仕事をできるようになり、SHAREのライターを続けていなかったらどうなっていたんだろうとたまに震えます。(笑)

 

取材を通して学んだ写真の力

ライターをはじめてから1年弱が経過したころ私の価値観を変える出来事がありました。

それは、女性写真家インベカヲリ★さんのインタビューです。

Nikon THE GALLERY 大阪で写真展「ふあふあの隙間」を開催している期間に取材をさせていただきました。私はまだ取材経験がなかったので横で聞いていたのですが、インベさんの話をきっかけにカメラマンやフォトグラファーではなく‟写真家”に対し深く興味を持つようになりました。

その後、海外で活動するジャーナリストの方やドキュメンタリー写真家の方、ギャラリーオーナーなどに私がインタビューをさせていただく機会が増え沢山の刺激をもらいました。スマホやパソコンを見つめているだけでは入ってこない情報や、ただ文章を書いているだけではなかったであろう出会い、インタビューを重ねるごとに私が勝手に決めつけていた写真の価値をひっくり返されました。

どうして写真家の作品は心を揺さぶられるのか、どうして印象に残るのに永遠にならない写真があるのか、私はどうしてこの作品を見た後に自分の人生を撮らなきゃと思ってしまうのか、疑問に思う内容も変わりました。

そして、取材を通してこれまで私が見ていた写真の世界って凄く狭かったなと思いました。

 

ライターとしての認知が広がり…

関西写真部SHARE専属ライターになって1年半が経過し、展示イベントやSHARE企画イベントでお会いする読者の方にたくさん声をかけてもらえるようになりました。

PV数やSNSのコメントで見ている人がいるのは分かっていたものの、生で話しかけられると「読者って本当に存在するんだぁ」と感動しました…。

「就活を辞めて関西写真部SHAREでライターを続けたら?就職をしていたら新人研修をするくらいの時期には初任給より稼げているようにするから!」という友暉さんの言葉通り、現在では企業からのPR記事依頼やコラボ企画の依頼が増え、フリーライターとして順調に活動しています。

また、ライターとしてだけでなくイベントの企画から参加させていただいたり、Google認定フォトグラファーとして店舗様の屋内版ストリートビュー撮影をしたり、モデルとしても活動させていただいています。

そんな経験をできているのも友暉さんとの出会いがあったからなんだなと、何もなかった私に可能性をかけてくれて、仕事を与えてくれただけでなく人としての考え方を教えてくれました。まだ、関西写真部SHAREのライターになってからたった1年半しか経っていませんが、これからもライターとして成長していくのはもちろんのこと、どんどん新しいことに挑戦していきたいなと思っています!

 

フリーランスになった今

関西写真部SHAREのライターを始めた最初の1年は不動産会社でライターのバイトもしていましたが、今はバイトも辞めてフリーランスで活動しています。

時間を自由に使える分、やることは決まっていても時間をうまく使いこなせなくて自分をコントロールするのが難しいです。ライターを始めたのはまだ10代だったこともあり不安もありました。だけど、何をしても続かない私が今までSHAREライターを続けてこれたのも、これからも続けていきたいと思えるのも、友暉さんが私のことを見放さずにいてくれたからなんです。人と出会うたび、自分のメリットしか考えていないだとか噂話や悪口に流されて私の印象を決めつける方もいましたし、私自身そんな性格でした。

こんな記事を書きながらも「私に興味ある人なんているのかな」とか「どんな印象を持たれるんだろう」というネガティブな気持ちもあります。それでも、私という人間を少しでも知ってもらった上でこれからも記事を読んでいただけたらいいなと思いました。

 

 

 

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